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障害者の闘志!

【社会福祉法人 イエス団】には保育所2ヵ所・あいりんデイサービス・デイシサム・居宅事業所・入浴等が行われている。

オカンが知っている当時の「あいりん」は保育所だけだったが、同じ棟に住むKさん・Fさんご夫婦が車椅子体様の場に住まれており、その後に「愛隣デイサービスセンター」の設立に向けご尽力下さった事・支援学校卒業後の行き場ない無い、子供たちの為に親御さんたちが「デイシサム」をセンター長と共に医療的ケアの必要な子も利用できる場として、ご尽力したお母さんのYさんも若くして神の元に逝かれた。

向島に障害者にとって良き街作りの運動した方・Fさんの「訃報」の知らせが、連絡ノートに挟まれていた若き頃から障害者運動に尽力を掲げてきたFさんで、オカンが最後に逢ったのは、今年の2月14日の「意見交換」の時で障害者から介護保険になり生活の大変さを話されたが、誰も意見を云わないので「何で黙っているんや!あんた等の子供の事やで!」と叱咤激励をされて、ボツボツと今後の不安を云われ出したとオカンはその時の光景をハッキリと覚えている。

Fさんがオカン等の子供を想い発した最後の言葉になってしまった。

オカンと同じ棟で、建設されての新しい時に入居されていたので良く知っていたが声を掛ける事もなくだったが、息子が在宅になり、あいりんでお逢いするようなってからは逢うと挨拶をして話すようになった。

享年80歳なので、入居当時は40代半ばだったんだろう!奥さんを車に乗せ、自らの車椅子も乗せて運転をなさっていた光景は良く見ていた。

Kさんは独居でお買い物されている姿もオカンは見て知っており、声を声を掛ける事もなかったがボランティアで若者が入れ換わり出入りしていた中にセンター長も居たそうであり、お亡くなりなった事を知ったのは、「デイシサム」の見学の時だった。

「道開き 住み易き街 築きにて 不満ありきは 我々紡ぐ」

「夫婦家 夫亡くして 住めぬ云い 残された妻 特養行きし」 

18時、息子に「Fさんの、お通夜に行ってくるから待っていてなぁ!」と声を掛けて注入の合間に行き「ご苦労様でした」と心の中で云いながらお別れをして来た

「障害者が高齢になり、介護保険が優先されても住みよく・普通に生けれるような街にしたい」と願う。
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プロフィール

シサムの桜

Author:シサムの桜
1950年生まれ*
性格は気が早いのが短所*
現在はボランティアと福祉を
目指すのが生き甲斐と感じて
いるオカンです。

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