スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Gさんを偲ぶ!

昨年に亡くなったGさんの事が忘れられない。オカンよしか18歳も若いGさんは突然に旅たってしまった

生前には、耕祐の送迎に来てくれていたのに、急に顔を合わせ無くて「どうしてはる?」と聞いた時に体調がすぐれなく入院と聞いており、にっこりフェスティバルでは、退院後もオカンがチヂミを焼くのにボランティア応援で助けて貰った。

3年前は体調が悪くなくとっても元気で、オカンのキツイ口調にも嫌がらずに、二人のコンビでチヂミの売り上げは、本当にすごく二人で喜んだ。

「来年もお願いやから手伝ってなぁ」とGさんにも頼み、実行委員の方にも「オカンの応援にGさんを頼むで」とお願いしていたが、再度逢った時にはやせ細っており、オカンはびっくりし大丈夫か?と問うと「大丈夫やでぇ」と笑いながら答えていた。

オカンが簡単に焼き、それを鉄板におきGさんが最後の仕上げをしてくれる担当。この鉄板の前は熱いので大変。売り子だった方が「私も鉄板役をしたい」と云ったので、オカンは軽い気持ちで交代して貰ったが、Gさんは熱くて大変だったけど、自分の持ち場を離れる事が辛かったらしい。後にGさんが不満そうに云いだしたなぁ。

昨年のにっこりフェステイバルの6月1日は猛暑で、本当に鉄板の前はしんどかったと思う。その年の「秋の祭典」では身体の事を思い、手伝いから離す事になっていたが「たかちゃん、私はあかんの?」と云う姿は少女が拗ねているように可愛かった。

それからまもなくにセンター長からの哀しい知らせであった。告別式に参加したくとも耕祐がいるのでと諦めていると、参列出来るように手配をしてもらい最後の別れが出来たが、辛か寂しかった。知らせがなかったら悔やむ結果やったやろうなぁと思う。

「感謝の 気持ちでおこわ 空皿に 礼の言葉は 有難うレター」

「もう一度 食べて欲しくって 作るのは 微笑む遺影 供えたくって」

貴女の安らいだ顔をず~と見ていたら、オカンの死の願望が心から取り除かれた気持ちになったよ息子さんと再会できたのかしらと、貴女の事を思い出しながら作る中華おこわ。あの時のように美味しくできたかなぁ。貴方の事は一生忘れないからね。 
今日の為に、見内の方と連絡を取りながら届けて下さった「あいりん」の皆さまに感謝。 

耕祐は今日も元気に過ごせた喜びであり、日々変わらずである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

シサムの桜

Author:シサムの桜
1950年生まれ*
性格は気が早いのが短所*
現在はボランティアと福祉を
目指すのが生き甲斐と感じて
いるオカンです。

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。